檀ふみの父親・壇一雄の遺品整理!他人事じゃない!

本棚・書籍③ 捨てる

檀ふみさん出演の映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』が、5月10日から封切られました。

監督で、この映画にも出演している水谷豊さんから出演の話があったそうです。

 

檀ふみさんは、俳優、声優、エッセイストとして活躍し、その多彩な活動は直木賞作家であった父・檀一雄氏の才能を引き継いでいるのでしょう。

 

外見は、上品で穏やかな檀ふみさん、なんの苦労もなさそうですが、実生活では、43年前に亡くなった檀一雄氏の遺品整理に苦慮。なんと、体重が8kgも痩せたそうです。

テレ朝「徹子の部屋」2019.5.10に出演し、檀一雄氏が遺した大量の遺品を死ぬまでに整理できるか心配、とコメントしていました。

 

檀ふみさんは、1954年6月5日生まれで、自宅は練馬区石神井。東京23区の一つですが、緑豊かで、ところどころに畑が残るのどかな土地がら。

練馬区のなかでも石神井周辺は、広い敷地に閑静な邸宅が並ぶ落ち着いた街。

檀ふみさんが両親と暮らした家は、鬱蒼とした樹木に囲まれ、昼間でも家の中が薄暗かったそうです。

 

そんな家が、区画整理によって建て直すことになり、檀一雄氏の遺品は一コンテナ倉庫に預けられたそうです。コンテナ2本分だそうですから、かなりの量。コンテナで、生活している人もいるぐらい。

 

書籍だけで、なんと1万冊を超えていたとのこと、本に埋もれた生活空間といった方が適切かもしれません。

重要な書籍や資料もかなりあったと思いますが、新居には納める余裕もなく、3分の2を処分したとのこと。

 

檀一雄氏の小説で、よく知られているのが、『火宅の人』。「新潮」に連載された後、単行本になり、映画化もされました。

”火宅”とは、コトバンクによれば、次のように説明されています。

実際はこの世が苦しみの世界であるのに,それを悟らないで享楽にふけっていることを,焼けつつある家屋 (火宅) の中で,子供が喜び戯れているのにたとえた言葉。

小説『火宅の人』は、檀一雄氏の愛人であった女優・入江京子との関係を描き、話題になりましたが、私生活も小説そのままだったようです。

”火宅”とは、まさに檀一雄氏自身の生きざまをあらわすのにふさわしい言葉ですが、その負担を檀ふみさんが背負っていたといえるかもしれません。

 

4年前に、母親を92歳で亡くしていますが、母親の晩年の気まぐれにも翻弄されています。

母親の遺品整理がようやく一段落したばかりで、檀一雄氏の膨大な量の遺品。檀ふみさんの心労が伝わってくるようです。

 

遺品整理に格闘する檀ふみさんが、家を新築するにあたり、嬉しかったことがあるそうです。

建て直すあいだ、都心のマンションに一時的に住んだこと。都心でのマンション暮らしにあこがれていたそうですが、なんとも贅沢な悩みです。

 

しかし、陽の光がさんさんと注ぐ明るい室内で、鏡に写る自分の顔には、はっきりとシミが。昼間でも薄暗かった練馬の自宅では、暗くて見えなかったと、冗談半分に語ってました。

そこにあったのが、バスルームの大きな鏡。全身が映る鏡だったそうで、高齢者の体型になった自分の姿を見て、さすがに引いてしまったそうです。

鏡をはずしてんもらいたかったそうですが、ユニットバスなのでそれも適わず我慢したとのこと。

 

完成した新しい家では、バスルームの鏡がどうなっているのかわかりません。しかし、両親の遺品が2部屋を占拠し、檀ふみさんの頭を悩ましているのは変わらないようです。

遺族がこまる遺品を残さない終活

遺品をどのように分類・整理したとしても、新しい家族の日用品が増えていきます。いずれは、使わなくなったものを処分しなければ、家の中はゴミの山に。

なかには、再利用できるものや価値あるものもありますが、素人がその分別をやっていたら遺品整理は先へ進みません。

遺品のことがいつまでも頭にこびりつき、雨向きな考えにもブレーキがかかることに。

遺品整理の大変さは、残された家族でなければわからないかもしれません。すっきりするためには、”形見”だけ残してあとは全部、専門業者にまかせて処分するのが一番ですね。

遺品が頭から消え去り、雲が晴れたようにとてもすっきりします。経験しないと、わからないと思いますが・・・。

 

できれば、”終活”するなかで、あとに残さないようにするのが一番! 思い出も品物も、大事だと思っているのは、自分だけなんてことがよくあります。

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