エンディングノートに個人情報などを記録して、遺産については遺言書を作成したから大丈夫、と思ったら間違い。
もし、認知症になったら? そんなときの準備が、「家族信託」!
認知症になると、日常的な買い物などをのぞいた法律的な行為、たとえば不動産の売買が、取り消されたり無効になる場合があります。
遺言書も、認知症になってから作成したものは、かならずしも無効というわけではありませんが、その効力が問われる可能性があります。
銀行預金が引き出せなくなることも!
認知症になってからでは預金が引き出せない!遺言書をカバーする「家族信託」とは
認知症になる前であれば、自分の思いを家族に伝え、財産管理や遺産の配分方法についても希望を記すことができます。
しかし、認知症になると、預金の引き出しや不動産の取引ができなくなることもあるので、エンディングノートや遺言書を作成しただけでは、家族が困ることも。
認知症になった場合、「成年後見制度」を活用する方法もありますが、手続きがかなり煩雑なようです。
その問題を解決する方法として、「家族信託」があります。
家族信託は、成年後見制度よりも実務的にも使いやすいことから、注目されはじめていますが、活用方法や他の制度との違いがわからないなど、活用例はまだ多くないようです。
認知症になると預金が引き出せない?
認知症になったからといって、法律上、かならずしも預金が引き出せなくなるわけではありません。
しかし、銀行の窓口で、意思能力が無いと判断されれば、たとえ家族が同席していても、払い出しできない場合があるようです。
三井住友銀行では、事前に、子や孫など、2親等以内の親族を代理人指名することができ、その後、本人が認知症で意思能力が無くなったとしても、払い出すことができるとのこと。
ただし、認知症になってしまってからでは遅いので、要注意!
第909条の2 (遺産の分割前における預貯金債権の行使)
民法改正により、2019年7月1日以降、相続人は一定の金額以内であれば、他の相続人の了解を得ずに預金の引き出しができるようになりました。ただし、この制度は本人が死亡した場合なので、認知症では引き出すことはできません。
認知症になると不動産を処分できない?
NHK「クローズアップ現代」で紹介されたケースは、父親Aさん89歳、娘B子さん58歳。
娘B子さんは、父親Aさんに介護が必要になったら、Aさんが所有している賃貸アパートを処分してAさんの介護費用に充てる計画だったようです。
Aさんは、家族間のトラブルが起きないように、すでに4年前に遺言書を作成していたそうですが、認知症になったときのことは想定していませんでした。
不動産業者から、「(認知症になると)Aさんが持っているアパートも、意思が確認できなくなるから売れなくなるんですよ。」と言われたそうです。
そのとき、B子さんは、「遺言書だけじゃだめなんだ、落とし穴にはまらないように、何か対策をしなきゃ」と分かったそうです。
そこで紹介されたのが、「家族信託(ファミリートラスト)」。
家族信託制度の具体例
娘B子さんが信託契約の受託者、父Aさんが、委託者と受益者になって、信託契約を結びます。
この信託契約によって、Aさんの財産を信託財産としてB子さんが管理することで、Aさんは生活費を確保して財産を守ることができます。
まず、Aさんのアパートの名義をB子さんに書き換えました。
つぎに、B子さん名義で信託用の口座を開設し、この口座へAさんの預金の一部を移します。B子さん名義で口座開設した理由は、預金口座の信託ができないためです。
そして、Aさんの生活費に充てることを明記しておけば、Aさんが認知症になっても、B子さんが別の目的でアパートを売却したり、預金を引き出すことはできません。
さらに、認知症になってからでは施設に入所するための費用確保ができませんから、家族信託にしてほっとしたようです。
家族信託は、通常、弁護士や司法書士、税理士などへ依頼して契約を結びますから、手続き費用が発生します。ちなみに、このケースでは、家族信託の手続費用が、約100万円かかっています。
ただし、生前贈与と違い贈与税はかかりません。
しかし、この費用のなかには、将来を見据えたシナリオも織り込まれていますから、その後のトラブルを回避できる費用としては安いと考えるべきです。
専門家を介さないで家族信託の手続きをすることは、かなりリスクが高くなると考えたほうがいいでしょう。
家族信託のメリット
家屋を修繕するだけでも、成年後見制度では手続きが面倒です。しかし、家族信託なら、受託者が簡単におこなうことができます。
また、本人の財産管理だけでなく、二次相続を考えあわせた相続対策(孫へ直接承継させるなど)や事業承継対策も可能になります。
- 認知症になる前に財産管理などの対策ができる
- 成年後見制度の報告義務などの負担が少ない
- 成年後見制度より柔軟な財産管理が可能
- 2次相続対策としても活用できる
- 不動産の共有などのリスクを避けることができる
- 事業承継対策として活用できる
とくに、事業承継に関しては、信託財産になることで相続財産の対象から外れ、相続時の遺留分についての争いを避けることができます。
他の事業承継対策と比べると、はるかに利便性の高い制度ですが、後継者の資質などをしっかり見極める必要があります。
家族信託の注意点
本人が認知症になって成年後見制度を利用することと比べれば、家族信託にデメリットは無いと考えていいかもしれません。
他の対策では「生前贈与」が考えられますが、贈与税の負担があること、いったん財産が贈与されてしまえば本人のために使われる補償がないこと、などのリスクがあります。
どんな制度でも、一定の制約のなかで運用されるからこそ安全・安心と考えるべきでしょう。
あえて、注意点を挙げれば、以下の点が挙げられるかと思います。
- 遺言書とは別と認識すること
- 親族間での理解が必要
- 申告所得の損益通算ができない
- 施設入所などの手続きができない
すべての相続財産を信託財産とすることは不可能ですから、信託財産以外の財産については、遺言書を作成する必要があります。
さらに、施設へ入所するときの契約は、成年後見制度の後見人とは違い、家族信託の受託者は手続きができません。
もっとも、本人の家族として手続きできるので問題は起きないはずです。
また、不動産などの収益物件が信託財産になると、他の所得との損益通算ができなくなるので注意が必要です。
成年後見制度についても、若干触れておきます。
成年後見制度
「成年後見制度」は、本人の判断能力が十分でない場合、預貯金などの財産を管理したり、必要となる契約行為などをサポートする制度です。
家庭裁判所が、親族や弁護士、司法書士などの第三者から後見人を選びますが、手続きが煩雑で、自宅を増改築するのも勝手にはできません。
預貯金は、原則本人のためにしか使うことができませんし、自宅を処分するには、家庭裁判所の許可が必要など、さまざまな制約があります。
<成年後見制度の特徴>
- 手続きが面倒
- 後見人に報酬を支払う必要がある
- 後になってやめることができない
後見人への報酬額は、東京家庭裁判所によれば、財産額に応じて以下のようになっています。
<後見人への報酬月額の目安>
- ~1000万円 2万円
- ~5000万円 3~4万円
- 5000万円超 5~6万円
後見人への報酬額の支払いは、本人が存命中継続することになりますから、長期的にはかなりの負担になることを想定しなければなりません。
成年後見制度は、手続きをした後で、財産処分の自由度が低いため、”こんなはずじゃなかった”と後悔する人もいるようです。
しかし、成年後見制度は本人の財産を守るための制度であって、家族が財産を自由に処分するための制度ではないことを承知しておく必要があります。
任意後見制度
任意後見制度は、判断能力に問題が生じるまえに、将来認知機能が衰えたときに備え、あらかじめ信頼できる人(任意後見人)と任意後見契約を締結しておく制度です。
認知症の症状が出始めたら、家庭裁判所へ申立てをおこない、家庭裁判所が選任した任意後見監督人が、任意後見人の仕事を監督することになります。
認知症になる前に検討する制度なので、家族信託との選択になりますが、弁護士や司法書士、税理士など専門家とよく相談したうえで、それぞれの特徴をよく理解してから決定したほうがいいでしょう。
まとめ
家族信託は、本人が認知症になる前に、生活と財産を守ることを目的として制度です。
事業承継対策としても有効な家族信託ですが、本来の目的を忘れてしまうと、受託者と親族間でのトラブルが生じる可能性もあります。
専門家に相談し、親族を交え、お互いに納得したうえで採用すべき制度と考えます。
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